片腕のマッサージ師

盲目のマッサージ師というのはよく耳にしますが、片腕のマッサージ師というのはあまり聞いたことがありません。東洋医療の専門学校の入学試験では両手両腕が普通に動くかどうかを見るという試験がありました。指が十本あるかどうかも見ていました。東洋医療は手が命なのでまず、手に障害があれば最初の段階で落とされるのです。指が一、二本なくてもできるように思われますが、やはりその辺りは厳しいようです。私は脳出血で左半身麻痺になり、リハビリでなんとか動くようになりましたが、左手にまだ麻痺が残っている感じがします。特に仕事でマッサージを行うときに左手が微妙な動きができないのでもどかしさを感じます。最近は治療が終わった後に患者さんに感想を聞くようになりました。「以前と同じだったよ。」という言葉が聞きたいからです。左が効かない分は右手でフォローしていますが、今後のことを考えると多少不安になります。盲目のマッサージ師の感性は研ぎ澄まされているといわれますが、私も左手が利かない分それ以外の部分が研ぎ澄まされればそれはそれでいいかもしれないかなと思います。片腕でも十分に通用するようなマッサージ師になりたいですね。昔メジャーリーグにジム・アボットいう片腕のピッチャーが活躍していましたね。障害をものともしないで夢の世界でヒーローになるなんて本当にすごいですね。パラリンピックの意義がようやくわかりました。チャレンジングパーソンのみんなも障害者として自分をその中に閉じ込めるのはやめて新しいことにどんどんチャレンジしていきましょう。応援しています。

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治療院再開業いたします

 7月6日、長らく休業していました治療院を再開業するはこびとなりました。2月から6月まで休診しておりましたが、この間は皆様には多大のご迷惑とご心配をおかけし大変申し訳なく思っています。これからも地域の皆様の健康に少しでも寄与できるように精進してまいりますのでよろしくお願い申し上げます。いよいよ治療を始めるときがやってきました。入院生活が長かったためか普通にせいかつするだけでも疲れますね。治療される側から治療する側に変われるのか不安ですね。患者の立場に立ってみて気づいたことがいい方向に役立ってくれることを信じて復活したいと思います。患者さんと心を一つにして癒しと健康を創造していきたいと思います。病院でリハビリを頑張っている仲間を思うと弱気になっている場合ではないですね。みんな頑張ってね。ぼくもがんばります。

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ルーキーズ ~卒業

昨日海老名にルーキーズの映画を息子2人と見に行きました。テレビドラマのルーキーズをずっとみていたので内容はわかっていましたが、若い人たちの純粋な心と熱い魂に涙してしまいました。男の熱い涙には40歳を過ぎても泣いてしまいます。息子たちもそんな熱い心が伝わるらしく感動している様子でした。私が入院していた4か月の間にすっかり精神の方も成長していたんだなと感じました。ドラえもんとクレヨンしんちゃんしか映画に行ったことがなかったのに、これからは何でも息子たちといっしょに行けそうです。頼もしく思えました。(字幕の洋画は行きたくないらしい)リハビリ病院で入院患者同士が心をひとつにしてネガティブな心に負けないように常に笑いを忘れずに、前向きにリハビリに取り組んでがんばったことなどが映画とだぶってみえました。希望を失って暗くなっている患者がいると、すぐに駆けつけてみんなで支えていることを伝えたり、患者同士がお互いに助け合って、励ましあっていく病院というのは何とも居心地がよく故郷の実家にいるようであり看護師さんとも心をひとつにして病棟全体が癒しの場になっていく姿を私は七沢病院のA3病棟というところで体験することができました。退院したいまでも私はA3病棟を故郷のように思っています。いっしょにがんばった仲間はみんな家族のようなものです。半身不随の人が初めて立ち上がった時の感動を私は忘れません。動かなかった手でボールを投げ返してくれたときの感動を忘れません。みんなのおかげで私も左半身が普通に動けるように回復できました。ありがとうございました。リハビリ病院での数か月はルーキーズにも負けないくらい楽しく、感動をたくさんいただきました。みんなが心を一つにして病院全体を癒しの場にするという壮大な試みに協力してくれたスーパー看護師のみなさんやスーパーPT,スーパーOTのみなさんに本当に感謝いたします。尊敬しています。皆さんの優しい心が大好きです。実際には私が気づかないところで奇跡がたくさん起きていたような気もしています。実際私の半身麻痺が普通に動くまで回復したのも、入院生活がこんなに楽しかったのも、腹筋が痛むほど笑ったのも奇跡だったのかとも思えてきます。甲子園に出場するような目に見える形にはならなかったけど、リハビリ仲間とがんばった日々は無駄にはならないとおもいます。世界の人々の心がひとつになり、世界が愛と平和に包まれるまでは、頑張り続けたいと思います。みんなも頑張ってね。いつも応援しています。

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生きてて良かった

脳出血で倒れて左半身麻痺というピンチをなんとか乗り越えてようやく退院して社会に復帰することができましたが、2月からの一連の出来事を思い起こしてみると記憶が飛んでしまっているところがあります。救急車で東海大学病院に運ばれて集中治療室に入っている時の数日間の記憶です。時折やってくる看護師さんのことや面会にやってくる人たちのことを覚えているのですがすべてが雲の上にいるようなふわふわした感覚につつまれているのです。妻の話ではその時、主治医に死ぬこともありえるから覚悟しておくようにということを言われていたそうです。自分が何歳なのかもおもいだせないのでした。生死の境目あたりをうろついていたのかもしれません。子供たちとじゃれあって遊ぶ時や、病んでいる人を治療して人の役に立ってることを実感するとき、優しくてきれいな女性に淡い恋心を抱いたりする時、生きてて良かったなあと思えるのです。ただ生きているだけで人生の可能性は無限にひろがって本当にすばらしいものだと思います。倒れたあの日に人生がプッツンときれてしまったとしたらやり残したことが多すぎて後悔していたでしょう。今回の病気で生きているうちにやり残しのないようにしなければならないという思いが強くなりました。100パーセント愛し合いたいですね。こころをひとつにして世界のすべてのものとひとつになりたい。シンプルですがこういう心になれれば死んでも後悔はないかもしれません。

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聖峰でリハビリ卒業式

 退院した翌日の日曜日に家族で聖峰へ登りました。三ノ宮比々多神社の背後にある聖峰には事あるごとに家族でのぼってきました。子供たちの誕生日などに登ってきました。桜の季節は男坂の九十九曲がりの急な上り坂が桜の木を縫うように続いているため気持ちのいい登山ができます。30分くらいでのぼれるので2歳の子供でも登れるくらいです。退院したらこの山に登って自分で身体が元に戻ったのか判断しようと思っていました。やはり疲れましたがなんとかリハビリの卒業証書を自分にあげてもいいような気がしました。退院1週間前に調子に乗って走って転倒して手首を骨折してなければ、理学療法の先生と七沢森林公園あたりに卒業遠足に行く予定でした。お菓子は一人300円までなんて話していましたが、この聖峰登山で卒業できたような気がしています。先生長い間本当にありがとうございました。今日も新しい患者さんをやさしく指導しているんでしょうね。いつか聖峰へ卒業遠足に行きましょう。お菓子代はフリーでね。


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聖峰の頂上より

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七沢リハビリ病院を退院しました。

 先週の6月13日にようやく七沢リハビリテーション病院を退院することができました。理学療法の訓練中に転倒して痛めた左手首は手首にある小さな骨(豆状骨)がおれていたようでしたが、すっかり痛みがなくなり、14日の日曜日からなんとか仕事をはじめています。突然治療院を閉めて音沙汰なくこの4か月をすごしていたわけですが、再びご来院してくださる患者さんは本当にありがたいです。理由を話すと逆に私の方の心配をしてくれます。本当にありがとう。先日ちょっと忙しかった時、治療後の会計をすっかり忘れてしまいました。頭の方のリハビリが足りないようです。そんなこんなですこしずつ日常生活になれてきているところです。まだ身体の中心がぼんやりしている感じがしますが治療の方もすこしずつもどってきている感覚があります。少しずつシャープになってくる感覚をたよりに、時間はかかりそうですががんばっていきたいと思います。よろしくおねがいいたします。病院に残っているリハビリ仲間のみなさん、もう少しがんばってくださいね。みんなと一緒に心をひとつにしてがんばった日々を忘れません。本当にありがとうございました。患者がお互いに励ましあって心を一つにしてみんなで健康になっていこうとする素晴らしい経験を私は七沢リハビリ病院で体験させていただきました。それは重病を患っていることを忘れさせてくれるほど、楽しいものでした。いまでも患者仲間の面々を思い浮かべると笑いがこみあげてきます。治療中はできるだけ七沢病院のことを思い出さないようにしているくらいです。退院して1週間になりますがいつでもリハビリ仲間の回復を祈っています。自分で何でもできるようになったら、私の治療院に自分の足で来て下さい。いつでも歓迎します。早く良くなることを祈っています。がんばってね。

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50メートル12秒2.

先日リハビリの理学療法の先生にお願いして50メートル走のタイムを計測していただきました。高校以来かな50メートル走は。スタートの合図があって10メートルくらいで脚がもつれて転んでしまいました。調子に乗って全力でやりすぎてしまいました。自分が思っているほど完全には回復していないということがわかりました。左手をついて転倒したときに手首を痛めてしまい捻挫をしてしまいました。骨折の可能性もあるらしく今は手首を固定されています。今週の土曜日に退院してすぐに治療を始めようと考えていましたが少し再開業は遅れるかもしれません。軽率でした。反省しています。転倒後に再計測していただき、12秒2でした。健常者にとってはかなり遅いのだとは思いますね。理学療法の先生にはご迷惑おかけしました。責任はすべて私にあります。ごめんなさい。

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治療院再開のお知らせ

皆さんご無沙汰しています。2月22日に脳出血で倒れ、緊急入院してから3ヶ月以上たちますが、6月13日にようやく退院することになりました。治療院を突然閉めて3ヶ月になりますが、その間私は東海大学病院、七沢リハビリテーション病院でリハビリ生活をおくっておりました。皆様の温かい励ましのおかげで元通りに動けるまでに回復いたしました。みんなありがとうございました。この経験を生かして少しレベルアップした治療ができればいいと思っています。とりあえずすぐにでも治療を始めたいので15日から開院いたします。予約はいつものように午前9時から受付いたします。今後ともよろしくお願いいたします。

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チャレンジングパーソン

七沢リハビリテーション病院に入院してから二か月半が経ちました。同じころに入院した仲間も次々に退院していきました。身体障害者に認定されたとかそういう話題も患者仲間ではでてきています。私は身体障害者手帳をもらうほどの後遺症は残ってないので介護保険で何級に認定されるかとかの話題はピンときませんが、麻痺が重くリハビリが思うようにいかない人にとっては切実な問題だろうと思います。不自由な身体で仕事ができなくなった人にとっては障害者として認定され補助金が支給されることでしか生きる糧が得られない場合もあるでしょう。アメリカでは身体障害者のことをチャレンジングパーソンと呼ぶらしいです。不自由な身体になっても人生を生きることに挑戦している人という意味で社会全体がとらえているらしいです。健常者には想像もできないような困難な状況にも関わらず果敢に生きることに挑戦しているチャレンジャーというポジティブなとらえ方をしているんですね。少し同情されるような意味をも含んでいるような身体障害者よりもチャレンジングパーソンの方が私としては好きです。障害者も健常者も同じ人生のチャレンジャーですからともに区別なく心を一つにして同じ人間としてベストを尽くしましょう。一時帰宅して街を歩いている時に車いすの人や杖をついて歩いている人を見つけると親しみを覚えます。何か手伝うことがないかと近くをうろうろしてみたりするのです。障害者をこれほど身近に感じたことはありませんでした。患者仲間が退院して社会に出て行く時、チャレンジャーとしてポジティブに生きていってほしいと願っています。お互いに心を一つにしてリハビリを頑張った仲間、家族みたいなものなのですから。私が頑張れたのもみんながいてくれたからです。退院してもみんな頑張ってね。いつでも応援しています。

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テニスでリハビリ

今日病院付属のテニスコートを予約して、面会に来た息子とテニスをしました。理学療法の先生に4割ぐらいの力でやるように言われていましたがいざ始まるとやはり一生懸命になってしまいました。最近まで歩くのがやっとだったのがよくここまで回復できたと思います。やさしく導いてくれた先生に感謝するだけです。入院している間に長男は中学生になっており、軟式テニス部に入っていて、一度どれぐらいできるのか確かめてみたいと思っていました。そのことを話すと先生は最近卓球やサッカーなどを訓練にとり入れてくれて身体の動きを練習させてくれていました。息子は予想以上に上達していて力強い球が返ってきました。頼もしく感じました。私も訓練のおかげでそこそこ動けましたが息子の練習相手には少し物足りないようでした。1時間ちょっとで私の足はがくがくになりましたが息子はまだやりたそうでした。父親が弱った分だけ息子は確実にたくましくなっていました。まだまだ負けるわけにはいかないと思いましたが、逆にうれしくもありました。もう数回練習していい練習相手になりたいと思いました。

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人生のアレンジメント

人はそれぞれ違った心の痛みを抱えていて、生まれてからいろんな悲しい経験やつらい経験をしていくわけですね。病気や事故などの想定外の経験などは運が悪かったとしか受け取れないこともあるかとも思えます。ときには自分をこんな苦しい目に遭わせた神様を恨むこともあるかも知れません。私が今回脳卒中になって長くリハビリ生活を送っていることも不幸なことかもしれませんが、私自身は意外とけろっとしていてこれから本当に健康になって自分の使命を果たしていくために必要なことだったように思っているくらいです。脳卒中になって逆にホッとしているし入院生活が楽しいとも思っています。苦しんでいる人ごめんなさい。自分の本当の気持ちに気付かせてくれて、またこころを一つにして患者のお世話をしてくれる病院スタッフの優しい心にふれていいインスピレーションをたくさんいただきました。指圧の師匠が「それぞれ人は使命を持ってうまれてきているために、そのことに気づくためにいろんな辛い経験をうまく人生にアレンジしてくれているのです。辛い経験の中には必ず宝物のような気付きが隠れているからそこを想像して指圧をしなさい」と教えてくれました。人類全員が心を一つにして清志郎のように励ましあって愛し合うところを想像するだけで世界が平和になるような気がするのです。時間をきめてみんなで心を一つにすれば奇跡がおこるかもしれません。私は入院生活で神様のアレンジメントを肯定的にうけいれることの大切さを学びました。そしてみんなの病気が治ってしあわせな生活に戻ってほしいという願いが心の中にあることに気が付きました。神様のアレンジメントに感謝しています。やさしい心のみんなのことが大好きです。ありがとうございました。

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リハビリに戻ります

あっという間に一時帰宅が終わりました。夕方病院に戻ります。あまり出歩かずに家族と静かにすごしました。いろいろとやりたいことを考えていましたが一人で出歩くことがちょっと怖くて何もできませんでした。仕事をちょっとやってみたところ、指圧はほぼできましたが、マッサージでのたたきだけができないようです。左手のみ。たたけなくてもマッサージはできますが、自分の中で動かないところがあることを知ったのが収穫でした。はり、お灸はあまり影響がないようでした。もう少しリハビリをやれば何とかなりそうな気がしています。また治療院で皆様の治療ができる日を楽しみにしております。治療院再開のお知らせは当ブログでお知らせいたします。

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一時帰宅中です

リハビリ生活もひと月半になり、以前と同じようにとはいきませんが、ほぼ普通に手足が動くようになりました。理学療法士や作業療法士の先生方、看護師さんたちのおかげで、ようやく外泊の許可がでました。ゴールデンウィークは2か月ぶりに自宅ですごすことになりました。自分が患った脳内出血という病気の重さを思うと今の自分の状態が本当にうれしいです。自分が患者になってお世話される側になって病院スタッフの心のやさしさを感じることができました。ケアされる側とケアする側の心の両面をいつでも持っていたいと思いました。脳卒中で入院するということは自分にとってあまりいいできごとではありませんが、今では脳卒中で入院してよかったとさえおもえることもあるのです。患者仲間との出会いや病院スタッフのケアする側の心への気づきなど自分になかった大切なものをいただいたような気もするのです。この世界のすべてのものはお互いにつながっていていつでも影響し合っているという東洋医学やホリスティック医学の哲学を実感させられたり、たとえば同じ脳梗塞や脳出血で片麻痺になった患者仲間がリハビリ中に突然立つことができるようになったり、動かなかった手が動くようになるのを目の当たりにしたときに、我がことのように嬉しく思う心を自分の中に発見したときなんかはみんなでひとつなんだなという東洋医学やホリスティック医学、ディープエコロジーの目に見えない万物のつながりを実感しているような気持ちになるのです。これは私にとって大きな宝物をいただいたと思えるのです。ピンチの中にはチャンスが含まれているのですね。生きているだけでラッキーなのにチャンスまでいただいて神様ありがとう。治療院再開の予定は未定です。ご迷惑をおかけしてもうしわけありません。このブログで今後の予定をかいていきますのでよろしくお願いいたします。

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七沢リハビリ病院に入院してから一か月経ちました。

(今回も家族の者が本人の書いた原稿を、代りに投稿させていただきました。ご丁寧なコメントも頂き、ありがとうございます)

 救急で東海大学病院に入院してから、2か月以上経ちました。
治療院を突然閉めてすっかりご無沙汰してしまい、申し訳ありません。私は左半身が麻痺しておりましたが、リハビリのおかげで、今は普通に動けるようになりました。ありがとうございました。リハビリの先生と外を散歩するのが、楽しいです。脚のリハビリ、手のリハビリ、脳のリハビリ(計算問題やパズルなど)が毎日時間割みたいに組まれていて、予定をこなしていくだけで、バランス良く回復していくようです。
 治療院再開は、まったく未定です。まだ退院も未定だからです。患者仲間を相手に、たまに指圧をさせてもらっています。自分としては、すぐにでも仕事を再開できそうな気がしていますが、まだ退院は出来ないそうです。再開する時は、ブログでお知らせしますので、時々チェックしてくださいね。

 東海大学病院と、七沢リハビリ病院の看護師の皆様、いつでも優しいこころをいただきました。患者みんなのお世話をして下さって、ありがとう。その優しいこころが大好きです。患者の立場になって初めて、支えてくれる家族や看護師さん、治療スタッフのこころの優しさを感じました。病気はつらいことだけど、家族や看護師さんたちのおかげで、新しい発見や気づきもありました。
 病気のせいか、笑いが止まらなくなることがよくあります。患者同士お互いに顔を見合せて、泣きながら笑っていることもよくあります。病棟の人間模様がまた楽しいんですね。私は笑いすぎて、腹筋が痛くなることが度々あります。みんなが真剣に頑張っているのに、こんなに楽しくてすみません、という感じです。不謹慎かも知れませんが、楽しい方が心身両面にいいことは疑いないと思います。ピエロの格好で患者を笑わせるパッチアダムスは、いい仕事をしているなぁ、と思うのです。治療院を再開出来たら、笑いの絶えない治療院にしたいと思います。ここに来れば、何となく元気になると言われるような治療院にしたいと思います。技術も磨いていきますよ。症状を悪くさせないのを目標にしてね。
 それでは皆様、退院後、治療院でお会いできたら嬉しいです。長らくご迷惑をおかけしておりますが、今後とも、よろしくお願いいたします。
                              
  うちだ治療院 院長 内田 徹

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現在リハビリ中です

 皆様にはご迷惑をおかけしております。
病に倒れてから、はや2か月がたちました。
 院長はまだ、リハビリ病院に入院中ですが、リハビリの甲斐があって、少しずつ回復しております。退院はまだ未定ですが、仕事の復帰に向けて、本人も頑張っておりますので、今後も見守っていただきたいと思います。
 たびたびお電話をいただいておりますが、何かありましたら、申し訳ありませんが、メールにてご連絡をお願いいたします。よろしくお願い致します。

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院長 入院中です

 突然ですが、この度、私は入院中です。私は2月末の公民館まつりの最中、わたがしを作っている時、突然足腰が立たなくなり倒れ、救急車で病院へ運ばれ、そのまま緊急入院となりました。幸い治療のかいあって、生きております。
 それ以来、治療院は休診となり、皆様にはご迷惑をおかけし、大変申し訳ありません。
 入院中でも苦しそうな人を見ると、マッサージをしてしまいそうです。ここは、リハビリをやりながら治療している人達が大勢います。今まで何人も患者さんを診てきましたが、今になってようやくその人達の本当の気持ちが理解できそうな気がします。まだ体が思うように動かず、看護師さんに補助されながらの生活であるため、介護されている人の気持ちもわかりそうです。
 今後は運動機能の回復の為のリハビリが待っています。
 再開できるまで、もうしばらく、休診させていただきますので、よろしくお願いいたします。

(本人からの希望で、家族の者が代わりに投稿させていただきました)
 

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古事記

 梅原猛氏の現代語訳「古事記」を買って読んでみました。現代語訳なので読みやすく、「古事記」ってこんな神話時代のお話がたくさん書いてある本だったんですね。はじめて知りましたよ。しかし登場する神様の数が多すぎてついていけませんでした。大国主命(オオクニヌシノミコト)なんかは出世魚のブリみたいに名前が何度も変わっていくから覚えるだけで大変です。とりあえず「古事記」はこんな本だということがわかっただけでよしとしておきましょう。今回なんで「古事記」を買ったかというと、富士山信仰の浅間神社に祀られている木花咲耶姫(コノハナサクヤヒメ)という女神のことをちょっと知りたかったからなんですね。「古事記」の中ではほんのちょっとでてくるだけの端役(約2ページ分)でしたが、やはり美しくはかない姫だったようです。ニニギノミコトという男に結婚を申し込まれ姫の父親に挨拶に行った時、父親はブサイクだけど丈夫な姉と1セットでどうかと言います。しかしニニギノミコトはブサイクな姉を断わって木花咲耶姫だけと結婚しました。このために多くの神々は短命になったそうですね。

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 「古事記」 梅原猛 訳

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アイヌ神謡集

 数か月前、NHK「その時歴史が動いた」という番組で知里幸恵というアイヌの人のことを知り、彼女が書いた「アイヌ神謡集」を取り寄せました。文字をもたなかったアイヌの人たちが口づてに伝承してきた神々と自然界のお話を美しい日本語に訳して著わしています。明治の時代に日本人開拓者が入る以前の北海道は、自然と調和したアイヌの豊かな暮らしが息づいていたことが想像できます。文字をもたないことや、自然と調和した暮らしを見て、アイヌは文化的に劣った人たちとみなされてきたようですが、エコな生活に変わろうとしている現代人には学ぶべきところが多いと思いました。アメリカでも先住のインディアンの世界観が注目されていますし、人間が原点を忘れないための道しるべにもなるでしょう。知里幸恵さんは「アイヌ神謡集」を書き上げると同時に19歳という若さでこの世を去りました。日本に吸収され消滅しかかっていたアイヌの伝承文化を後世につたえるために生まれてきたような人でした。「その昔この広い北海道は、私たちの先祖の自由の天地でありました。天真爛漫な稚児のように、美しい大自然に抱擁されてのんびりと楽しく生活していた彼らは、真に自然の寵児、なんという幸福な人たちであったでしょう。」この本はこんな美しい序文で始まります。今年6月にアイヌが先住民であることが正式に国会で認められましたね。朝日新聞でもアイヌ人脈記という記事が連載されていました。今年はアイヌの年ですね。

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アイヌ神謡集 知里幸恵著
     岩波文庫

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木花咲耶姫

 木花咲耶姫(コノハナサクヤヒメ)という日本の神話時代にでてくる女神がいます。富士山信仰の全国の浅間神社にこの木花咲耶姫が祀られているそうです。日本の神話を知らなかった私ですが、コノハナサクヤヒメという女神の話を聞いてから頭から離れなくなりました。美しい姫だったらしいです。夫に貞操を証明しようと火の中で出産したため火の神様と崇められ、火山である富士山信仰の象徴になったそうです。コノハナサクヤヒメという言葉の響きがなんとも魅力的です。

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木花咲耶姫の総本社
富士山本宮浅間大社

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富士山ブーム

 日曜日に富士山の西側にある富士宮市に行ってきました。最近我が家は富士山ブームで秋になってから4回目です。富士宮には全国の富士山信仰の浅間神社本宮(富士山本宮浅間大社)があるので一度お参りをしたいと思っていました。駐車場の係りの人に「30分以内に出てください」と言われ、参道の途中で遊ぼうとする子供たちを引っ張ってあわただしくお参りを済ませました。うっすらと雪を頂いた富士を背にした朱色の社が、七五三の華やかな子どもたちによって平和に彩られていました。その後、ちょっと有名な富士宮やきそばの店に行きましたが20人くらい並んでいたので、目の前のジャスコに入りフードコートにあった富士宮やきそばを食べました。麺にコシがありすぎてアゴが疲れました。逆さ富士、ダイヤモンド富士(朝日が頂上から出てくる)で知られる田貫湖を散歩したあと朝霧高原の道の駅へ。駐車場の奥に入ったところにあった広場でボールが見えなくなるまでキャッチボールをしました。子どもたちは富士山がそこにそびえていることなどすっかり忘れているようでした。

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 田貫湖の逆さ富士

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生命のかたち

 アレックス・グレイの画集で印象的だったのが、周囲と人間を区切る皮膚という境界線がぼやけていることです。私たちの視覚では感知することができないだけで、実際の人間の姿はこんな状態なのかもしれません。東洋医学の世界では、他人の生命感覚を自分のことのように感じられる「自他一如」の境地になってはじめて本物の治療ができるといいます。「自他一如」とは自分と他人の境界線がなくなるということです。グレイの下の絵を見てください。一応は皮膚による境界線らしきものがあって肉体の活動はその中で行われているようですが、その生命エネルギーは皮膚をこえてどこまでも広がっていくようです。以心伝心や虫の知らせなどはこのエネルギーのネットワークによって起こるような気がします。グレイの絵が人間の実際の姿だとすると、私たちは森羅万象すべてのものとエネルギーのネットワークでつながっていることになります。そして人と人が出会うということは、お互いのエネルギーが密に重なり合い、共有することでもあるんですね。お互いの気を感じあい、お互いに癒やしあって生きたいものですね。

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 「SACRED MIRRORS」より


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聖なる鏡

 先日、アレックス・グレーという人の画集「聖なる鏡」を買いました。原題は「SACRED MIRRORS」。サイケデリックアートの巨匠のような人で、気の世界や生命エネルギーの実相など、目に見えない世界を視覚化してわかりやすく表現してくれています。私たちは皮膚を隔ててその内側だけが自分だと認識しがちですが、命の実相は皮膚の境界を自由に越えてどこまでも広がっていくものなのかもしれません。ちょうど心が自由に世界を飛び回ることができるようにね。この「聖なる鏡」を観ていると他人との関係や自然との関係がとても密なものに感じられてきます。私たちが生きているこの世界をグレーさんのような目で生きることができるなら、人生で出会うすべてのものがかけがえのない愛おしいものに見えるでしょうね。いいインスピレーションをいただきました。

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 「聖なる鏡」 アレックス・グレー

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陶器のアクセサリー

 うちだ治療院の待合室で展示販売している陶芸家Kさんの作品が入れ替わりました。今回はきれいな陶器の玉でできたねつけが中心です。陶器のアクセサリーに興味のある方は治療に関係なく気軽に2階の治療室まで上がってきて下さいね。私も両親がずっと陶芸をやっていて、家で粘土をこねたりロクロで回して形を整えたりするのを見てきました。父親は自分が入る骨壷を作って今ではそこに入っています。仏壇のロウソク立てや焼香する器なども死ぬ前に作って今でもそれを使っています。手作り作品はどれも心がこもっていていいですね。

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手作りの陶芸品

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UFOの花

 今年も伊勢原市ふれあい農園にひょうたんを植えました。最近は蔓の伸びが旺盛で5坪の畑を覆いつくしてしまいそうです。気がかりなのは蔓が伸びまくっているのに実がついていないことです。最近は昆虫が少ないので、オシベをちぎってメシベにくっつけてやらないと実がつきにくいという話も聞きましたが、今のところ自然にまかせています。ひょうたんにも種類がいろいろあって、今年は「飛鳥美人」そして「UFO」を植えました。名前だけみて通信販売で種を取り寄せました。ネットで調べると「飛鳥美人」は見事なまでにキュッと締まった腰のくびれをもっていました。「UFO」は画像が見つかりませんでしたが何となくズンドウ型が想像できそうです。どんなひょうたんができるのか楽しみです。

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「UFO」の白い花

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ハーブガーデン

 小田急線新松田駅の裏手にある松田山のハーブガーデンに行ってきました。セージ、タイム、カモミール、ラベンダーなどたくさんのハーブが花を咲かせていました。治療院ではラベンダーのアロマオイルをよく使っています。ラベンダーにはいくつかの種類があってそれぞれ微妙に違うんですね。香りの違いまではわかりませんでしたが・・・。山の斜面に漂うハーブの香りに包まれて小田原方面の街や海を眺めていると心が癒されてくるようでした。松田山の斜面をスイッチバックで登っていくミニSLはおとなが歩くくらいのスピードで緑の中を走っていきました。大人も子供もいっしょにSLにまたがっている姿はなんとも平和なものでした。

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松田山のミニSL

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シダンゴ山

 昨日、家族でシダンゴ山に登ってきました。小田急線の新松田駅からバスで30分くらい山の中に入ったところにある寄(やどりき)の背後にある山で、標高758メートル。シダンゴという不思議な名前が以前から気になっていました。山のガイドブックには「シダンゴの由来は頂上の石碑に書いてある」としか書いてなく、余計に気になっていたんですね。頂上にヘトヘトになってたどり着くと江ノ島から真鶴半島まで一望でき、富士山も雲間から少し見えました。登りの苦労が一瞬にして喜びに変わるのが不思議ですね。人生もそんなものなのかもしれません。頂上には小さな祠があって、ガイドブックどおり「シダンゴ」の由来が書かれている石碑がありました。その昔、この辺りは紫檀郷(シダンゴー)と呼ばれていて、山の頂上にはシダゴンと呼ばれる仙人が住んでおり、シダンゴーとシダゴンが合わさってシダンゴとなったようです。シダンゴーのシダゴンさん。丹沢界隈の山はどこでも頂上からは相模湾が見下ろせ、富士山の姿も見られるのでいいですね。山から下りた後、寄の渓流で子ども達はビショビショになって水かけ遊びをしていました。登山したことなんかすっかり忘れているようでした。

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シダンゴ山の頂上

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心と体とスピリット

 人は何で病気になるんだろう。人は何で自我の殻を破って自由になれないんだろう。こんな疑問を抱いて数十年経ちますがいまだに明確な答えは見えません。身体にまつわる病気は数え切れないほどあり、メタボなども加わってさらに増えていく傾向です。そんな中、ほとんどの病気は「心身症」の範疇に含まれるというような見方もあります。症状がでている部位や性質が多種多様でも、その根本原因は心の問題、ストレスだという見方です。そこでは病気や症状が違っていても、治療は心の問題に向けられます。私などはこちらの見方がずっと自然でしっくりきますが、さらに深いスピリットの領域までを含めないと根本治療にはならないということが最近わかってきました。人は身体があって目に見えない心がそれにのっかり、この心と身体がスピリットにのっているというイメージです。一番深いところのスピリットは自分だけでなくあらゆる生きものや万物、宇宙のすべてと共有してつながっているわけです。その領域を扱う波動医学やエネルギー医学が最近盛んになってきているということは、みんなの心が自我の殻をやぶってスピリットの領域へと解放されはじめている証拠だと思うんですね。「私は世界のすべてのものとつながっていて、みんな同じ仲間なんだ」とすべての人が気づいたとしたら、そこにはもはや病気やストレスはなくなるような気がするのです。

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魂の癒やし

 アメリカの心理学者、B.ワイス博士の著書「魂の療法」や「前世療法」の中には、前世を記憶する子どもたちの話が度々でてきます。過去の自分はどこで何をしていたか、どんなふうに死んだかということを、別人となって生まれてきた今でもきちんと覚えているらしいのです。アメリカで生まれた子供が、「以前ぼくはイタリアの何々という町でこんな仕事をしていて、戦争が起こってこんなふうに撃たれて死んだんだよ。」なんていうことを喋りだし、調べてみると確かにその町は実在し、その戦争も実際に起こった出来事だったというような話です。私は子供が11歳、8歳、6歳の3人いますが、生まれて話ができるようになった頃、「生まれる前はどこにいたの?」とみんなに質問してきました。もしかしたら覚えてるんじゃないかと思ったからです。答えは帝王切開で生まれた長男と末娘は「ママのお腹だよ」。自然分娩の次男は「ママのおしりにいたよ」でした。これはこれですごいことだと思いますが、その前の「お腹の中に来る前はどこにいたの?」「どこからママのおしりに来たの?」という質問には3人とも??でした。前世を記憶する子どもたちに共通するのは、両親を自分で選んで入ってきたことを覚えていることです。それならばみんな愛情豊かな優しい両親を選ぶはずですが、実際はそうじゃないんですね。成長過程にある魂の自分がまだまだ克服しなければいけない課題をもった不完全な両親を選ぶようです。だからどんな親でも自分にとってはベストな親だということになるんですね。生まれ変わりが真実かどうかはわかりません。ただ、頼んでもないのに生まれさせられたと思うより、魂を成長させるために自分で両親を選んで生まれてきたと考える方がずっとポジティブで、楽しく健康的に生きられるような気がします。

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雲を吹き飛ばせ

 人は生まれて、そしていつかは必ず死んでいく。この運命から誰も逃れることはできないと知ったとき、それを見ないようにして自分の殻の中に逃げ込んでしまうか、それと向き合ってのり越えていこうとするか、二つの態度があると思います。初めからその運命と向き合えるほど心の強い人は少ないでしょう。自分の殻の中で力を蓄え、勇気をだして外に飛び出し、新たな雲に覆われてまた殻の中に戻ってしまう。私の場合はこのくり返しです。自由な境地に達することができたら、その後は何も努力しなくてもずっとそこにいられると思っていましたが、それは間違いでした。自由になったそばから雲が立ち現われてくるのです。悟りを開いた人などは、自由な境地に居つづけるために常に、常に、瞬間、瞬間に、心に雲ができてくるのを吹き飛ばす努力をつづけている人なんですね。私などは怠け者でたまに何とか心の雲を吹き払うことに成功しても、それで安心してしまってすぐにまた雲に覆われてしまいます。ある境地まで行けばあとは楽だろうなんて思うこと自体がすでに怠け者の発想でした。苦しい時、辛い時は心が厚い雲に覆われた状態です。そんな時、本当の私はどこまでも広がる自由で明るい心なんだということを思い出して、みんなを縛りつける心の雲をフーッと自分から追い出してくださいね。

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今がベスト

 巷ではさくらの花盛りで今日なんかは治療院を閉めて山の方へ出かけたい気分です。春の陽気も手伝ってか、いまひとつ治療やブログに集中力を欠いている今日この頃です。四月から伊勢原市の青少年指導員というものをやることになりました。市主催のお祭りや成人式のお手伝い、夜のパトロール、青少年育成のイベントを行うそうです。あとは青年海外協力隊の普及相談員みたいなこともはじめました。これは協力隊OBが住んでいる地域限定の相談窓口みたいなものです。興味ある方は治療院の方に相談にきてくださいね。私が青年海外協力隊に参加したとき(18年前)、現地(ザンビア)でまず1ヵ月その国の文化や風習をならう赴任前訓練というのがありました。そしてそれぞれの職場に散っていく赴任前日、私たちを前に所長が言った言葉が今でも忘れられないです。「君たちは人それぞれ様々な経験、経緯をもって今ここにいます。これから赴任先で辛いこと、苦しいこと、楽しいこと、嬉しいこと様々な経験をします。忘れないで欲しいのは常に今がベストだということです。どんなに苦しくても今がベストなのです。」辛くて苦しいのに何でそれがベストなんだ?当時は何だかピンときませんでしたが、今はよくわかるんですね。辛い経験、苦しい経験、淋しい経験はそれをのり越えて輝くためのチャンスなんだと。辛くてどん底にいるような気がしていても、そんな気持ちを経験する前よりは今のどん底の方がベストなんですね。若狭の塗り箸のように、辛い経験、苦しい経験は、あとになってきれいな人生模様になってでてくるということなんでしょう。苦しい時は、今がベストだと思ってなんとか耐えてくださいね。

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火星に降り立つ日

 土井宇宙飛行士たちを乗せたエンデバーが先ほど地球に帰還したようです。国際宇宙ステーションに日本の実験棟が加わって、宇宙時代が身近に感じられるようになりました。貴重なミッションをこなしながらのブーメラン実験は楽しませてもらいました。皆様お疲れさまでした。今後はまず月旅行が一般化されるでしょうね。100万円くらいだったら私も行ってみたいです。今は10万円のハワイ旅行も無理だけど・・・。その次は火星に人が降り立つ日が来るでしょう。私が生きているうちに見たいものです(今45歳)。水星や金星は気温数百度という灼熱地獄なので人間が降り立つのは難しそう。木星や土星はガスが集まったものなので降り立つ地面がないらしい。月を見上げて、あるいは天体望遠鏡で火星を見ながら「あそこにも人間がいるんだなあ」と思うこと自体が人間にとってすごい宇宙意識の目覚めとなるでしょうね。地球と宇宙、国家と国家、宗教と宗教そして自分と他人の境界がひと息に吹っ飛んでしまうと思います。みんな同じ宇宙という巨大なエネルギーに生かされている命の仲間だという意識が人間共通の意識になるでしょう。国家のエゴによって引かれた国境線をめぐって争っている場合ではないですね。独裁者のエゴに支配されている場合ではないです。言葉や説明が違うからといって宗教戦争をやっている場合ではないです。人の心を雲らせる幻の境界線を吹き払って、いつも明るく果てしなく広がる宇宙意識にみんなで目覚めていきましょう。すべての人が心の底から癒されるために。

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火星の地表。アフリカで見たような気がする。2004年、火星探索車・スピリットが撮影。写真集「ビヨンド」より。

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インフルエンザ

 先週水曜の夜に熱がでて、木曜、金曜は39度まで上がり久しぶりに寝込んでしまいました。病院には行ってないので何とも言えませんが、腰から背中にかけての痛みや寒気があったのでインフルエンザだったような気がしています。感染症でウイルスが体中に充満している状態っていうのはホントに気持ちの悪いものですね。安静にしていれば治るわけですから薬はほとんど飲まないです。その分症状が強くでたり長引いたりしてるのかもしれないけど、それは誰にもわからないことだからね。ただ薬を使わないで治っていくと、自分の生命力(自然治癒力)に自信がもてるようになるから、仮に薬を使わないことで症状が激しくなったり治るまでの時間が長くなったとしても、私は自然の流れにまかせるようにしています。身体が病気のすべてを経験しながら自ら回復するっていうことが大切だと思いますから。しかし耐えられない激痛があるときや衰弱して生命にかかわるような重症の場合には迷わず病院へ行ってくださいね。私は尿路結石の激痛に襲われた時、脂汗を流してガードレールにつかまりながら徒歩10分のところにある病院へたどり着いたことがあります。即入院してモルヒネ注射。痛みがすーっと弱くなり、ホントにありがたいと思いましたよ。自然治癒力に任せるか、病院のお世話になるか、自分で判断できるようになればいいですね。

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チベットの暴動

 チベットのラサで暴動が起きましたね。中国共産党の50年以上にわたる支配で抑圧されてきたチベット人たちの恨みや不満が爆発したようです。武力を持つものが武力を持たないものを支配する弱肉強食の世界は第二次世界大戦で終わったかのように思われますが(日本の場合)、まだまだ現在進行形なんですね。植民地支配とか、言論や信仰を支配する独裁国家とか、自然に反して民族を分断するような国境線だとか、いずれは自然の大きな力によって正されていくのでしょうね。以前から中国や北朝鮮、ロシアのことを思うと気が重くなっていました。人が人を支配するっていうのが不自然なんですね。みんな生命として同格で、自由なはずなのに。いずれチベットもウイグル人の東トルキスタンも台湾も独立してそれぞれ自由になってほしいと密かに願っています。あと北朝鮮の人たちもね。私は20年ほど前にチベットを旅したことがあります。旅の途中でチベット人のテント小屋に泊めてもらったり、ご飯をご馳走になったり、暖かいもてなしを受けました。逆にチベットの子供たちから石を投げられたことも度々ありました。私を中国人と思ったようです。また中国人の食堂で「あなたはもう友人だからお金はいらない」なんて言われてジーンときたこともあります。その食堂のドアに石をぶつけて逃げていくチベットの子どもと、棒をもって追いかける食堂の主人。それを見て私はどちらの味方でもなくなりましたよ。国の政策とは関係のない普通の庶民はただそこで精一杯生きているだけでした。みんなが自由に明るく生きられる地球になってほしいです。国境は~ない ただ地球があるだけ~ みんなが~そう思えば~ 簡単なことさ~ ジョン・レノンのイマジンみたいにね。

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 手作りアクセサリーを売るチベットのおじさん
 1986年撮影
 

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ホメオパシーって何?

 200年前からヨーロッパの方で行われている治療法で、毒でもって毒を制するという考えから同種療法などともいわれます。内容は毒とは程遠いもので、水の不思議な記憶力を利用した身体にやさしい治療法です。ある症状に対して、健康な人に飲ませると同じ症状がでるという植物や鉱物があります(200年の経験から3000種類ほど揃っているそうです)。それを水に溶かします。その水溶液を10分の1だけ残し、そこに水を加えて一杯にします。それをまた10分の1だけ残して水を加えて一杯にします。これをくり返してホメオパシーの薬は作られます。最初に入れた物質はどんどん薄められていくわけです。普通に考えると薄まっていくほど効果がなくなるわけですが、ホメオパシーの薬は薄めれば薄めるほど効果があるそうです。理論的には10倍に薄めることを24回くり返したとき、最初に入れた物質の原子のすべてがそこからなくなるらしい。しかし、水だけになっているはずのものをさらに1000回くらいまで希釈するものもあり、効果も高くなるそうなのです。にわかには信じられませんが、薬物を記憶した水の不思議な力によるものなんでしょうか。それが体内の水分に波及して効果を表していくようです。水は私たちの心や環境に反応したり、混ぜられた物質の働きを記憶したりするのです。実際の薬物はないに等しいので身体にやさしい自然療法として日本にも普及されつつあるようです。

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水は生きている

 水が生き物だと感じたことはありますか? H-O-Hの化学式で表される単なる物質だと思いますか? 私は水に接しても生きているなんて思ったことはありませんでした。それが7、8年前に書店で手にした「水は答えを知っている」という本(江本勝著、サンマーク出版)によって、水に対する認識がガラリと変わってしまったのです。その本には水の結晶の写真がたくさん載っています。水の入ったビンに「ありがとう」と書かれた紙をはった時の水の結晶や「ばかやろう」と書かれた紙を貼った時の結晶の写真、モーツァルトの曲を聴かせた時やヘビーメタルの音楽を聴かせた時の結晶の写真、優しく思いやった時と怒ったときの結晶の写真など。そして驚くのは「ありがとう」の紙を貼られた水はきれいな結晶をつくり、「ばかやろう」の紙を貼られた水は結晶が壊れてしまうことです。モーツァルトはきれいな結晶をつくり、ヘビメタは結晶が壊れるのです。また優しくするときれいな結晶をつくり、怒ると結晶が壊れてしまいます。いつも身近にある水は私たちの心の状態に反応してその質を常に変えていたのです。生きているんですね。私たちの体の70%は水ですから、できるだけ「ありがとう」と感謝しながら生き、そしてヘビーメタルよりモーツァルトを聴くと身体も喜ぶということなのです。

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水の結晶「水は答えを知っている」より

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のび太と緑の巨人伝

 昨日、子どもたちを連れて海老名にどらえもんの映画を観に行ってきました。長男が幼稚園の頃から毎年観ているので5、6本目になります。最初が「のび太のロボット王国」、次が「ワンニャン時空伝」、その次が「ふしぎ風使い」、それで「のび太の恐竜」、「のび太の魔界大冒険」ときて今回です。すっかりどらえもん映画のファンになってしまいました。エコロジーっぽいテーマになっていてメッセージが散りばめられているから大人でもおもしろいんでしょうね。毎回2回くらいは泣いていますよ。今回は緑の大切さを訴えかけてきました。地球上で緑をないがしろにしている人間たちを滅ぼそうと画策する植物星人たち。たとえ人間を滅ぼして地球が緑に覆われたとしても、動物も人間も植物もともに仲良く共生することを学ばなければ意味はないと植物星人を説得する植物の長老。なんだか観終わったあとは「アース earth」を観た後と同じような感じでした。地球が愛しくなりましたよ。アマゾンやボルネオなど世界の酸素供給源の森林伐採が問題になっている今、子どもたちの心にストレートに伝わればいいなと思いました。

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宇宙人への手紙

 こんな見出しの記事が読売新聞に出ていました。アメリカの天文学者が1974年に0と1からなる1679文字の暗号文を2万4000光年先のM13球状星団に住む宇宙人に送信したらしいです。仮にM13星団の人がすぐに返信しても地球に届くのは4万8000年後ということ。暗号は地球人程度の数学知識があれば解けるらしいですが、相当レベルが高そうですね。距離も時間も気の遠くなるような話です。宇宙には1000億の銀河があり、各銀河には1000億個の星があります。宇宙全体を地球の大きさに見立ててみると、太陽はニューギニアの名もない海岸に転がっている小さな石ころです。地球はその周辺にある砂粒の一つです。そんな宇宙の中で地球だけに生命がいると考えるのはオカシイ・・・と思うんですね。まだ知らないだけじゃないですか。私たちがいる銀河は宇宙の辺境にある銀河らしいし、その銀河のなかでも太陽系は中心からかなり離れたところにあることを考えれば、銀河の中心や宇宙の中心近くにある銀河には、地球でいうニューヨークや東京のような宇宙人銀座がたくさんあるような気がするんですね。今、環境問題などと共に地球市民意識が広がってきましたが、その先には宇宙人を含めた宇宙市民意識があります。そんな宇宙意識に目覚めることが究極の癒しだと思うのです。私たちは宇宙にいるのですから。

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宇宙ブーメラン

 土井宇宙飛行士が搭乗するエンデバーの打ち上げが11日に予定されています。今回は土井さんが宇宙でブーメランを飛ばすというので、ブーメラン愛好者の私はワクワクしています。使用されるのは日本チャンピオンの栂井(トガイ)さんが作った紙ブーメラン。紙はノートの表紙くらいの堅さで投げると2メートルくらいの円を描いて戻ってきます。シャトル内でどんな飛び方をするか予想がおもしろいですね。私は2メートルの円をずっと回っているんじゃないかと思います。栂井さんはラセンを描きながらどんどん上にいって戻ってこないと予想していました。特ダネの小倉さんは不規則に回転しながら投げた方向にまっすぐ飛んでいくと予想していましたね。みなさんはどう思いますか? 紙ブーメランは10ページくらいの絵本になっていて、1000円くらい。ブーメランの絵にそって切り取るだけで出来上がりです。ブーメラン専門店「キウィ・ハウス」の通販で買えます。

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紙のブーメラン

キウィ・ハウス

ブーメラン | | コメント (0) | トラックバック (1)

人生にイエスと言う

 治療院には肩こりや腰痛を訴える人が来院されますが、しばらく話しているとその裏には家庭や職場のストレスで苦しんでいたり、過去の悲しみやトラウマを抱えていることが多々あります。苦しみや悲しみにとらえられている自分からふっと外に出て、客観的にそんな自分を眺めることができたらいいのになあ、と思います。今は辛いけど、後になってこの経験がきれいな心の模様になって出てくるんだなと外から自分を見て気づくことができれば、そこから新しい展開が始まるはずですから。心理学者のV.E.フランクルさんは自ら体験したアウシュヴィッツ収容所生活でのことを「夜と霧」「それでも人生にイエスと言う」(春秋社)に書いています。数少ない収容所からの生還者であるフランクルさんが観察したところによると、まず生きる希望を失った者から先に死んでいったといいます。頑強な肉体をもった者でも絶望することによっていとも簡単に死んでいったそうです。肉体が弱々しくても、この悲惨な状況におかれている自分を自由に客観的に眺めるユーモアがある人が最後まで生き残ったと書いています。フランクルさんは悲惨な状況に呑み込まれてしまわないよう仲間を集めて楽しい話をしたり、今おかれている状況を笑いにかえたりしていたそうです。それでもユーモアを持続できず、悲惨さに呑み込まれたものは死んでいったのです。フランクルさんはアウシュヴィッツの悲惨な状況をも肯定し、イエスと言いつづけました。心の自由さ、ユーモアって生きるために本当に大切なことなんですね。

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LIFE IS BEAUTIFUL

 「ライフ・イズ・ビューティフル」っていう映画を知っていますか。10年前のイタリア映画で、アカデミー賞を獲った映画です。ユーモアや笑い、愛情などがいかに人を強くするかが描かれていて本当にいい映画でした。第二次大戦時、イタリアで小さな本屋を営んでいた家族がナチスの強制収容所に連行されていきます。父は人を笑わせるのが好きな人で、母は愛情深い人でした。父は5才の一人息子にこの悲惨になるであろう状況を隠すため、これはゲームだということにしたのです。「どんなに辛くても、苦しくても、それに耐えたらポイントがもらえるんだよ。お腹がへってもおやつが食べたいなんて言わなければポイントが貯まるんだ。お母さんに会いたいって言わなければまたポイントが貯まるんだよ。それで1000ポイント貯まった時に大きな戦車がもらえるんだよ。パパと一緒にこのゲームをやろう。」 5才の息子は目を輝かせて父の話を信じました。辛い強制労働で体が疲れ果てても、お腹がへって痩せこけても、「これはゲームなんだ」ということを忘れないで耐えました。周りの人間が死んでいっても、息子の前ではこれはゲームなんだよと言い聞かせました。息子は頑張れば戦車がもらえると信じきっていました。ある時、父が夜間出歩いているところを見つかってしまい撃たれて死んでしまいました。そして終戦となり、大きな戦車にのったアメリカ兵に息子は救出されるのです。戦車に乗せてもらった息子は「パパ、ぼくゲームに勝ったんだね。1000ポイント貯まったんだね!」そういって喜ぶんですね。パパが死んだことも知らずに・・・。またウルウルしてきましたよ。希望を信じ続けることは人を強くすることなんですね。

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